スライドショー



 ソフィアは都内にある写真の専門学校に通っていた。綺麗な子だったが、いつも一人だった。
中古屋で買ったという名もない小さな二眼レフ(それ一台しか持っていなかった)で写真を撮っていた。
古い金属製のそのボディはぼくが触るとキシキシと音をたて、壊してしまいそうで怖かった。
 「これ、鳥かごっていうの」何回目かに入ったどこかの喫茶店で、アイスティーのグラスに顔をそっと
寄せ彼女が教えてくれたのは、そのカメラの名前だった。「鳥かご」で撮った写真はどれも寂しげで、
一枚も人の写ったものが無かった。郊外の坂道や朽ちかけた小屋、逆光に光る路面を強い光と影で描いて
いた。あまりにも影が強すぎて、黒が白に滲み込んでくるようなプリントだった。

 出会った次の年の夏、写真を撮らせてもらった。待ち合わせの時間に遅れてやってきたソフィアは少し
緊張していて、いつもよりしゃべらなかった。照りつける日差しの下、ホテルへ向かうゆるい坂道は案外
きつく、ぼくらは途中の喫茶店でひと息つかなければならなかった。乾いたぼくの黒いTシャツには塩の跡
がいくつも残ってしまった。撮影はコダックT-MAX、ブローニー10本。多くもなく、少なくもなかった。
外に出ると、喧噪が容赦なくふたりの間に割って入ってきた。街は夕暮れも近いというのに熱気に包まれ
たままで、目眩がした。ぼくらは通りがかったタクシーを拾い恵比寿まで行き、そして握手をして別れた。
彼女の膝を軽く曲げる挨拶の仕草が、上品だなと思った。

夏の強い光の陰影が、ぼくをあの日へといざなう。
過ぎ去りし光の化石をここに残し、ソフィアは今も美しい。



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